愚か者の家づくり

水が上から下へと流れるように、ときとして人間の心にも何らかの重力が影響する。困難より簡単へ、面倒より手軽へ、厳しいより甘いへ。それを、賢いとか、効率的とか、器用とか、ポジティブな言い方で語ることもできる。実際、世渡りに有効な場合も多いだろう。心の重力に逆らい続ける行為は、ある意味では愚かなことなのかもしれない。でも、ズルいとか、事務的とか、打算とか、狡猾な利口になるならば、不器用なバカでいる方が潔い。古民家空間を新築で提案する「樂家樂座」。石川県に誕生して5年目を迎えたこの家は、いまも美しいバカで生きている。

家づくりのプロとは、どういうものか。「仕事の対価として報酬を得ている人」と答えると、平凡すぎて失笑を買うだろうか。でも、そのシンプルな言葉の意味は極めて重い。わずかでも報酬を受け取る以上、最大限の結果を提供する義務と責任が発生する。それを実践できないと感じたなら、どんな事情があろうとも、プロの世界から退場しなければならない。
4年前。ある男の発案から、新しい発想の住まいが生まれた。それ以前は、某建築会社でプロデューサーを務めていたという本人いわく、トップセールスマンだったとか（酒席での自称）。そんな順風満帆と思える人生に、あるとき最大級の試練が訪れた。詳細は語れないが、家族を選ぶか、仕事を選ぶか、というような究極的な状況だったそうだ。前者を選んだ男は、潔く住宅業界から身を引いた。