里山の風と光　ふるさとの平屋

朝な夕なに目にする景色や、ご近所付き合い。風や光や土の匂いにまで親しみを感じるのは、ここが家族にとってふるさとだからだ。そして、ずっと住み継ぎたいと願う。そんな想いにこたえて、肌に馴染んだふるさとがますます好きになる平屋が完成した。

東に南アルプス、西には中央アルプスと、二つのアルプスを望むことができる伊那谷を、日本でいちばん美しい谷と話す人もいる。
ちなみに、谷という名から空の狭さを思うと、いい意味で裏切られる。アルプスの手前には、低山が幾重にも連なり深い懐を成すが、それらの麓から天竜川までの緩やかで広々とした傾斜には、古くから里が開かれてきた。
Ｔ邸があるのはそんな伊那谷の西側の山里の一つだ。伊那市街地から車で20分ほど、標高900ｍのこの集落は、仙丈ヶ岳や甲斐駒、鋸岳など南アルプスの眺望が素晴らしい。背後に目を転じれば、西駒ヶ岳の前山の将棊頭山がのびやかな三角形を見せる。付近の里山の表情は穏やかだ。
Ｔ家が代々この集落で暮らすようになってすでに百数十年が経つ。馴染み深いふるさとだから、これからもずっと住み継いでいきたい。一家は以前暮らしていた平屋からの建て替えを決めた。前の家は、10畳の部屋が10ほどもある大きなつくりだったが、使われずに家財置き場になっている部屋もあり、また家の中心部分は日当たりが悪く、湿気がこもりがちだった。プライバシーが確保しにくいのも昔の家にはよくある悩みだった。だから新築の際には、建坪は小さくても、毎日を過ごす家族がいちばん快適な住まいを目指した。